つなろぐ。

京都の大学生、日々を綴る。

ざれごと

東京に移り住んですぐ、下宿近くの大衆居酒屋へと足を運んだ。

大衆居酒屋は、好きだ。

若者向けチェーン店に比べて若干値段は張るかもしれないし、フードもドリンクも種類は劣るかもしれないが、それでも昔ながらの店のもつあたたかさが勝る。常連さんや女将さんのあたたかさは、心に沁みる。

そういった人たちとの偶然の出会いの貴重さは、何物も代えられないのだ。

 

その夜、隣に居合わせたとあるサラリーマンとずっと話していた(「俺のこたぁ"いっちゃん"と呼んでくれい」と話していたので以後、いっちゃんと呼ばせて頂く)。

 

いっちゃんは、一言でいえば「苦労人」だった。

人のプライベートな話をこのようなところに晒すことはしないが、まぁ若いころからそれはまぁ色々やらかしていた。

しかしながらそれは、いっちゃんの(もっと言えば、いっちゃん一族の)掲げる「本人主義」の賜物であった。

「当人が、そのとき、そこでやりたいことを、やる」

それだけである、と。

(それが家訓になってるような家って、単純にすごいなぁと思うんだ。だって普通は親の意向とか心配とかあるだろうし、「やりたいようにやらせる=自由」と「面倒を見ない=放任」とは、紙一重にして天と地ほどの差があるからだ。)

 

いっちゃんは、日本が高度経済成長の真っただ中にある時代に生まれ育った。

当時の大人たちと言えば、「男は仕事、女は家事・育児」という性別役割分業を引き受け、世界に名だたる経済大国ニッポンを造り上げるために、日々奔走していた。

いい大学を出て、いい会社に入り、いい家庭を築く。

当時の日本の成長は、こうした一面的なライフコースへの信奉と邁進が背景にあってこそ支えられていた。

そんな時代において、いっちゃんの家では「本人主義」が貫かれていた。

世間じゃどうこう言われるかもしれないが、お前たちの考えるやりたいことをやれ、と。

それって単純にすげぇなぁと思った。よくぞその時代に、そんな考えができたなぁと。

 

いっちゃんは自分の子どもにも「本人主義」で向き合った。

その結果またこれも、波瀾万丈な人生が待ち受けていたっぽいけど、なんだかんだ楽しかったそうだ。

 

僕も自分の子どもを授かったときにはその子に、「自分のやりたいことを存分にやっていいんだよ」と伝えてあげたい。というか、そういう生き方を背中で見せられるようにしたい。いっちゃんみたくね。

ただそれには、いくつかのクリアすべき課題がある。

 

まずは、目の前の子どもを愛することだ。信頼することだ。

子どもが、「自由」を謳歌するか、「放任」に溺れるか。そこにかかっていよう。

それにはまず、自分が自分を愛していないと、お話にならんのだろうなぁ。

いっちゃんだって、僕に話をしていたのは、「俺が話をしたいから」というだけであって、説教よろしくご高説を垂れてやるなんてつもりは微塵もないわけだ。

(不思議といっちゃんの話は気持ちよく聞けたが、これが他の酔っぱらいだったらウザいと思うわけで、まぁ話の内容と話し方と話し手の人柄と、あとは聞くこちら側の心持ちによるのだろうね。)

とまぁ、そんなところでも「本人主義」が出てくる。それはとことん自分を愛しているからこそだ。自分を信じているからこそだ。

ただそれが、積極的に他人を傷つけるような行動指針になってはならないだろう。自分を愛せる人は、他人を慈しむことの喜びも分かるのだろう。

 

次には、他人を養う力が必要であるということ。

好きなことを好きなだけやってよいというのは、それだけお金もかかる。社会で生きていくうえで、それは避けられないことである。

もちろん、必要最小限の出費で済ませられること(外で勝手に遊ぶ、家事のお手伝いを通じて好きが育まれる、とかさ)はそれでいいから、

それ以外にかかってくる諸々の出費をどれだけ用意できるか、だよなぁ。

こないだ自分の親とも話したけれど、ひとりの人間を成人させるまでにどれだけ大変なお金がかかったか、というのがね。なかなか痛切に、ささった。

 

そういうところまで、ふわっと、かつじっくりと、長い目で考えておかないとなぁと、そう思うのだ。

 

いっちゃんも言ってたけど、「長い目で人生を見る」ことの大事さが、ふつふつと。

 

生き急ぎたくないなぁ。

 

はぁ。

 

 

ざれごとでした。