つなろぐ。

京都の大学生、日々を綴る。

母校を訪れて思ったこと

帰省なうです。
先日は、高校時代を過ごした母校へ。

 

久々に会った旧友とともに、恩師の方々にあいさつしに行きました。

いつもより会えた人数は少なかったけど、皆さん変わらず元気そうだったし、僕たちも大学でいろいろ楽しんでいる様子を話せたのでよかったかな。

話した内容もけっこう面白かったんだけど、今回は割愛。

まぁ、2年前のちょうどこの時期、大学合格が決まってこれからのことを語ったあのころと、

1年前、大学生活を1年間経験して、ちょっとだけオトナになった気分のあのころと、

先日、大学生活も折り返しにさしかかるステージまで来てしまった今回では、

話す内容が全然違ってきていて、それだけでも何か感じるところがありました。

友だちの話すこともオトナになってきてんなーと思うし、先生と話すテーマもちょっとオトナになってきた感じです。そうあるべきなんでしょうねぇ。また成人式あたりにも帰省するし、夏にも余裕あったらお邪魔しようかな。

 

母校の今後・・・

さて、訪れた日がちょうど、高校入試の合格発表の日でした。

合格発表といえばドキドキの瞬間でしょうが、わが母校の今年の倍率は1.00倍...定員きっかり。

僕らが卒業する年の入試あたりから、ウチの高校の入試倍率が下がってる傾向にあったんですよね。

つまりは、人気がない(笑)

勝手な憶測ですけど、学校・生徒・中学生の3者それぞれに問題があるのかなぁと。


【学校】
  • 正直、他校と比較して客観的に誇れる特徴がない。進学実績とかで見ても、バスで通える市外の公立進学校の方が断然上。そのくせ、部活がめっちゃ強いわけでもない。だから、数字に出てくる実績で勝負するとどうしても不利。
  • とはいっても、「地方名を冠した公立進学校」的なところは譲れないらしく、「文武両道」を前面に押し出しまくる。そのため、課題やら部活やらで忙しいという印象ばかりが先行する。
【生徒】
  • 時には厳しい指導とか、面倒くさい校則とかがあるため、その点で学校に対してあまり良い印象を抱きにくいところはある。
  • そういう、自分にとって都合の悪い面を採りあげて、他校生徒や中学生へのネガキャンをする(笑)
    「ウチの高校、課題の量はえげつないわ、体育は軍隊だわ、キツイよー」という噂はすぐ広まる。それが冗談でも本気でも、すぐ広まる(笑)。
【中学生】
  • 勉強したい子は、進学実績がそうでもない地元の「自称進学校」よりも、市外の進学校に行きたがる。
  • 勉強したくない子は、自分の行けるレベルを限定して、入れる学校に入る。
  • 勉強もできるっちゃできるんだけど、「文武両道とか大変そう、校則は厳しい、体育は軍隊並みにツラいとか、そこまでして頑張らなくてもいいや~」って子は、そこそこの大学への進学も就職の選択肢もある隣の高校に行きたがる。んで、このタイプが多くなってると、個人的には思う。

 

こうしたことも、母校の人気低下の一因なのではないかな、と。

まぁ、中学高校を離れて久しいので、漠然とした憶測の域を出ませんが。 

帰省して高校を訪れると決まって必ず、この話になります。昨今の人気低迷を回復するにはどうしたらよいのかと。

正直、そんなこと大学生に聞かれても知りませんけど、ひとつ思うのは、

「"卒業してから分かる良さ"というのは確かに存在する」ということですね。

 

卒業してから分かる良さ

素晴らしい先生方がたくさんいらっしゃった。

面倒くさい校則を守る学校生活とか厳しい体育とかは嫌だったけど、自分を律する必要に迫られたとき、必ず生きてくる経験となった。

講演会とかも、大学教授とか招くんじゃなくて、若者をワクワクさせてくれる話をしてくれる人を呼んでくれていた。(この辺りは、他の高校と違ってけっこう特徴的だと思う。先生もそういう系の話好きな人多いし。)

そういう、卒業してから分かる良さってのは大いにあるね。

ただ、それを在校生、ましてや中学生に伝えようなんてこと、できっこない(笑)むしろ、そういう良さが分からないで当然なんだから。

「学び」っていうのは本来、「それをすることで何を学ぶことができるのかが、自分にはまったく分からない状態」でスタートすべきもの。やっているうちはよく分からないんだけど、あらゆる可能性を経て、あくまで「事後的に」成長が確認できる、という一連のプロセスのことを言う。(内田樹さんとかがこういうのよく言ってる。)

「教育」ってのもそれと同じで、いま子どもに対して施されている教育が、後にどのような成果をあげるのかは、やってみないと分からない。どう育つのかは、やってみないと分からない。

とはいえ、そんなことを公言していては何も始まらないので、便宜的に分かり易い目標を掲げるわけです。「国公立大学合格者○○名」とか、とりあえずね。けれども、学校側が本当に目指しているところは、そんな数字で測れるものじゃないんですね。

それじゃあ、その本当に大事にしたいところを、どれだけ伝えきれるか。伝わらないんだろうけど、それでも信念を持って伝えきれるか。というところに、学校側の不断の努力が試されるわけでしょう。

 

ま、そういうことで。

この高校に入学し、この高校で生活し、この高校を卒業することでどのような成長を得られるのかというのは、ウチの高校を卒業することのできた者だけしか知ることのできない特権なのです。

もちろん、何が正解か分からない闇の中をただ泳がされてるってわけではないです。勉強だけじゃなくて、部活やら行事やらなんやらで、日々気付き学ぶことはたくさんあります。バカなことばっかして戯れてたりするし、素直な子どもの多い、全然普通の高校です。

ただ、卒業して数年経って、「あの高校での、あの3年間は何だったのか」ということを振り返るとき、卒業した者にしか語ることのできないものがあると思う。 それが、いい。

 

これから高校を卒業する皆さんは楽しみですね。僕らの仲間入りです。

 

結局、何を書きたかったんだっけ。

別に母校のステマのためではありません、一応。結果的にそうなるかもしれませんが、それはそれでいいでしょう。笑

まぁ人間の数だけ考え方があるから、「あの学校は最低だった」と罵る人がいること自体は全然構わないわけです。その人の高校3年間がそうなってしまったことは、ちょっと悲しいけれどもね。

母校をめぐる評価については割れるところがあると思いますが、その辺りをうまく掬い上げて価値のある教育に資するようにするのが、学校側に課された使命であると思います。一卒業生がつべこべ言うのはここまで。

 

ま、母校への愛着があるってのは、やっぱり気持ちのいいものです。僕自身はこれからも、高校時代を思い返せば心が温かくなるような人でいられるので、そのことについては母校に感謝したいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました。

おしまい